2016年10月17日月曜日

食欲の秋・芸術の秋  gourmandise en automne ・art en automne


ご無沙汰しました。
実は、編み物の作品を仕上げようとやっきになっていたので、更新ができませんでした。
アートの世界ではトップをいく会社の通信講座で、棒針編みの入門コースと講師コースを受講していて、まだ入門の段階なのですが、パリに持ってきて再開したのでした。
でも今朝になって、翻訳の依頼がきたので、編み物も一時中止です。

編み物は純粋に好きですが、資格までとってどうする?という夫の意見もあります。それで食べていく、つまりプロになるわけではなく、純粋に自分の楽しみのためだったら、こんなに苦労してまで資格をとる必要はないのかもしれません。
でもやりかけたことを完全にやめてしまうのも、かなり勇気がいることなんですよね。
「好き」という気持ちがあるから尚更です。

ところで写真は、日本のデラウエアを大きくしたような、
それでいて巨峰よりはやや小さめのブドウです。種類をチェックするのを忘れましたが、
今まさにスーパーでは色々な種類のブドウが並んでいます。
日本と違って量り売りですので、大体キロ単位で買うのですが、これは1,5キロぐらいはあるでしょうか。とても美味しいのですが、痛んでくるまえに食べきるのが大変です。このブドウは、キロ大体3,5ユーロぐらいでした。少し値段がはるものの方が、断然美味しいのです。


先日、書道家の東野舜水さんの vernissage (展覧会の初日で、一般公開に先立つ特別な人向けの招待)に行ってきました。   東野さんは、毎年この画廊で個展をされており、夫が通訳を担当しています。                                上の写真の通りは、画廊のある rue Visconti (ヴスコンチ通り)の様子です。6区にある、いわばカルチエ・ラタンのど真ん中に位置し、とてもパリらしい界隈です。                     ヴェルニサージュには、多くのフランス人が詰め掛け、東野さんとの再会を喜んでいました。
来た人はもちろん、東野さんの才能を高く評価している人たちですが、同時に大の日本びいき。
そういう人たちを前にすると、なんだか関係のない自分まで誇らしいような、くすぐったい気持ちになりました。よく日本とフランスの関係を、日本の一方的なフランスへの愛、つれない愛人のようにたとえられますが、どうしてどうして、日本を愛するフランス人は結構います。嬉しいですよね。

昨日は、成島志保さんのリサイタルに行ってきました。曲目は、二人の作曲家の新曲と、シューベルト、ベートーベンでした。             久しぶりに生のピアノ演奏を聴いて、本当に感動しました。彼女の才能の素晴らしさがトップレベルだということもありますが、その迫力、思い切りの良い演奏に、ただただ感動し、最後のベートーベンの「月の光」では、涙が溢れました。                                 私が芸術家や演奏家に対してものを言う事はいつもためらわれるのですが、この感動を伝えられずには済まない、という思いがしています。   演奏の終わった志保さんと話をして、演奏の素晴らしさを褒め称えると、「感受性の強い方なんですね」と言っていただきました。実はそのことは自分でも感じていて、どうしようもない、時にはやっかいなことと恥じているのですが、占いによると、大抵このことが指摘されていて、つまりアーティスト肌であるということなんだそうです。私にアート?一体何ができるんだろうと思いますが、自分でもままならなくなるこうした激しい感情の波を思うと、「何をすれば?」といつも考えてしまいます。


カトリックセンターで、生け花を習い始めました。
先生は池坊の方で、長年センターで教えておられます。

実は私は結婚前に、亡き母の友人で、古流の先生から7~8年ほど教わり、師範の看板を家元からいただいています。とはいえ20年以上も前の話、すっかり忘れているので、センターでは一から始めるつもりで習い始めました。
びっくりしたのが、活け方の違い。古流では考えられないほど自由に活けられるのを知って、本当に衝撃を受けました。こんな活け方もありなんだ?!と。目が覚める思いで、次回もとても楽しみとなりました。
編み物と違って、お花を活けるということは体力も使います。こちらの方があっているかもしれません。


久しぶりの投稿に、筆が鈍ったのを感じます。
編み物の魔力に構わず、もう少し更新の頻度をあげたいと思います。
読んでいただきましてありがとうございました。










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