デュノワイエ神父様に会いに行った今回の旅の第二弾です。
ちょうど1週間前の月曜日に出発したのが、すでに遠い昔のような記憶です。
やはりパリでの生活の一日一日が、盛りだくさんな事に加えて、
日本への出発前、というのが大きいと思われます。
しかもこの所のサッカー熱。昨夜でついに終わりを告げてホッとしているところですが、その話は後ほど。
さて、モントーバン(正確にはMontbetonですが)にあるパリ・ミッション(Les Missions Etrangères ) の神父様の引退施設に到着すると、まずこの見事なラベンダーが出迎えてくれました。
南仏というと、広大な麦畑を想像する人が多いと思いますが、やはりこのラベンダーも、有名ですよね。このラベンダーを窓越しに見ながら、神父様と対面しました。
デュノワイエ神父様と夫です。
iPhone にある、夫の父の絵を見せているところです。
神父様に限らず、フランス人の、芸術作品を見るときの様子は、本当に素晴らしいですね。芸術家本人にとっては冥利に尽きる、というんでしょうか。本当にじっくりと見ますし、評価も鋭いのです。
また、私のパリでの生活について、神父様に、
「疲れてくると、パリで暮らすのが辛くなってくるんです。」と訴えると、
「Il faut vous habituer de penser aux jours heureux !」、つまり、辛いときには、幸せな日々のことを考えなさい、それを常に繰り返すことで、習慣にしなさい。」ということを、繰り返し言われました。
信仰熱心な私の兄が、心筋梗塞で倒れた時、「これで死んでも悔いはないな」と思った、と神父様に伝えたら、「そう、そのことも考えるようにしなさい」と言われました。
父が生きていたら同じ年の神父様。もう93歳です。
随分お痩せになったとはいえ、頭はしっかりとしていて、耳も遠くなっていませんでした。
逆にこちらの方が大いに励まされて、元気をもらった感じです。
たっぷりとお話した後は、
ポルトガル人の女性による généreux !(たっぷりとした)美味しい料理をいただきました。
それにしても神父様の、人の評価は見事、的確だと、今更ながらに思いました。
自分にとって心地よいとか、都合が良い、という基準で人や物事を判断しない。何が真実なのか、常に深い祈りと共に考えている。
もちろん、そこにはキリスト教の深い信仰があるわけですが、同じ持っているにしても、人を見る目というのは、信仰をもっているだけでは養われません。多くの苦しみ、生きる辛さを、深い共感と共に人々と生きてきたことによるものだと思います。
そして前述したように、それでも敢えて、人生に OUI (ウイ、はい!)と言う。最初からマイナス要因にふたをするような、見ないようにして生きていたら、ここまでの深い OUI ! は言えないでしょう。
真実とは、十字架なんだということを、忘れてはならないのです。
南仏といえば、この家々の壁や、特に屋根の赤い瓦も有名ですね。
パリから向かった行きのTGV (フランスの新幹線)から見え始めた赤い屋根を見て、あぁ、南に来たな、と思います。
上のステンドグラスは、左の写真の中央にそびえるカテドラルの中にあったものです。
ここで私たち夫婦は、デュノワイエ神父様のために祈りました。
さて、そろそろ次の議題(?!)に移ろうと思います。
はい、サッカーですね。
先にお断りしておくと、サッカーは、嫌いじゃありませんが、テレビで試合を見る、ということはしませんし、ましてや実際に応援に行くというのは、我々夫婦は皆無だ、ということをお伝えしておきます。
決してサッカーファンではないということ。(かといって野球も好きじゃありません。)
そんな人間が、サッカーを評価していいのか、というご意見があると思いますが、
敢えて書かせていただくと、
「一体、この狂乱ぶりはなんなんだ?!!」と、
ここ一連の、ヨーロッパのサッカー試合を見ていて思います。
いえ、試合は一切見ていないので、周囲とか、街を歩いていて感じたことなんですけれども。
「一種のお祭りなんだからいいじゃないか?」
いえいえ、そんな事で片付けられるような、陽気な面だけではないのです。熱心なサポーターの中では死者も出ますし、 実際、現地で肌で感じることは、「戦争って、こんな感じで始まるんじゃ?」という恐怖さえ感じました。
先週の日曜の demi-final (準決勝)で、フランスがドイツに勝った辺りから、危険を感じ始めました。試合が夜の8時から始まるせいか、終わるごろはいつも夜遅く。私なんかは早寝ですからとっくに寝ていたのですが、ドシーン、ドシーンというただ事ではない音にたたき起こされ、「えっ?地震?!」と思い慌てて起きると周囲はドンちゃん騒ぎ。「何なんだ一体?!」と思えば、サッカーでフランスがドイツに勝ったとのこと。やれやれです。
昨日は決勝戦。こんな事もありました。(これはかなり陽気な側面です)
実は私たちは日本人の友人宅で、5年間パリに滞在したピアニストの友人の送別会で集まっていたのですが、外に出た時は、もう午後の6時過ぎ。8時からの決勝戦まで2時間を切っていた時でした。もう街中のカフェというカフェはお祭り騒ぎですし、カフェから、お酒で真っ赤に酔っ払っている人が出てきて、通りがかろうとしている私たちに、「日本人か?」と聞くから、「そうだ」と答えると、「そうか、日本人はいいよな!頭は良いし、礼儀正しくて親切だ!最高だ!よくフランスに来たな!」と言ってくれた。
それからメトロの中で。
大きな三色旗を持った若者やお年寄りまで、「Allez Les Bleus ! Allez Les Bleus !」の大連呼。(ご存知のように、「青」色は、フランスのサッカーチームの色なのです)
そんな中、夫と二人で iPhone を眺めていたら、たまたまなんですが、先日行った、Cité Universitaire の側にある、ポルトガル人のための教会が、やはり旗を掲げているのを画面で見て、その教会の名前を口にした途端、なんと、隣にいた無邪気な若者たちが持っていたポルトガルの旗を広げて見せてくれました。本当に屈託のない笑顔で、みんなキュート。あぁ、こういう一面だけ見ていれば、悪くない、と思えるんだけど。。という感じでした。
こういう時って、パリにいる日本人は、蚊帳の外なんですが、立場としては微妙ですね。
パリのアパルトマンの我が家に帰り着いても、エレベーターで出くわしたフランス人には、「みんなで応援するために来たのですね?気持ち、良く分かりますよ」な~んて言ったりして。でもまぁ、夫は日本人とはいえ、フランス国籍ですから、もう立派なフランス人です。それを思えば、フランスを応援すべきなんでしょうね。
今回は、長くなってしまいました。すみません。
ですが、あぁいった形でしか日頃の鬱憤を晴らせないとか、
ストレス解消、というのは、やっぱり違うと思うのです。
最後のほうは、楽しく和気藹々、とは程遠い状況と化していましたから。
誠に、自分たちのアパルトマンにいて、
ナシオン広場で、凱旋を挙げていた人々のすさまじい声を聞いていると、
どうしても素直に祝う気持ちになれませんでした。
特に、アパルトマンで管理人をしているポルトガル人の家族は、微妙だなぁと同情したくなりました。まぁ、家の中で、ひそかに快やを叫んだことでしょう。
人種間の問題、日本でも見過ごせない大問題ですが、ここは規模が違う。
しかもイスラム国によるテロが多発していますからね。
試合も応援も、まさに命がけ、と言ったところでしょうか。
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